【お馬鹿さん】
「あの時、泣いてたよね? キサラギ」
アタシのパートナーのミナヅキは突然こう切り出した。……おそらくこの探検中のピリピリとした空気を和ませるため、だと思う。
「いきなり何? 今話さなきゃいけない事なわけ?」
アタシは冷ややかに返した。
……どうもミナヅキは緊張感に欠けてるみたい。探検している今の状況下で警戒も何もしていないのだから、全く平和なものね。
「別に。もう少しあとでもいい話だけど」
「じゃあ黙ってて。……気を抜いてて倒されました、なんて言い訳は通用しないんだから」
アタシはそう言ってミナヅキに背を向けた。それはアタシ流の「探検の続行」を示す振る舞いだった。……もちろんミナヅキもそれを知っている。
「ピリピリしすぎるとシワが増えるよ」
「うるさいッ!」
……そのような会話を交わしたのは5時間ほど前、もう日も傾き始めていた。そんな中、アタシは木の上で夕日をぼ〜っと見つめていた。
……そこにはアタシしかいなかった。アイツとはあの会話のすぐ後にはぐれてしまった。……というよりいつの間にかアイツが消えていた、と言う方が正しいかもしれない。
でも、アイツは何で消えたのかがアタシには分からなかった。
アイツはアブソル。不幸を運ぶんだかなんだか分からないけどアブソルなのは確かだ。しかも空気を読めないくせに、戦いにおいては異常なほどの実力を持っている。
だから今アタシがいる“しんぴのもり”に住んでいるポケモンじゃアイツには到底敵わないはずだけど――流石に心配になってくる。
「……馬鹿なんだから」
アタシはそう漏らして木から飛び降りた。アタシの種族、ジュプトルにとっては木から飛び降りるくらい目を瞑ってでもできる……はずだったが、
「んべッ!!」
……今回は失敗した、しかも頭から地面にぶつかってしまった。……全部アイツのせい、ということにでもしておこう。そうでもしないと悔しくてしばらく探検に出られないだろうし。
……一応ここいらのポケモンを脅せばアイツの居場所くらい掴めるでしょ。
「だから、白黒の獣を知ってるか、知らないかはっきり答えな!!」
アタシはそこらへんにいたコノハナの鼻をひんづかみ、腕のリーフブレードをちらつかせた。……だが恐怖からか、コノハナはの口から言葉は出ない。
「……じゃあ選択肢をあげる。“つばめがえし”と“シザークロス”のどっちを喰らいたい?」
「ヒイィ、知りません知りません」
「チッ、じゃあさっさとアタシの前から消えるんだね!」
アタシがコノハナの鼻を放してやると、コノハナは一目散に逃げていった。……たぶん二度とアタシには近寄らないだろう。
「……収穫無し、か」
アタシはため息をついた。……しょうがない、とりあえず“しんぴのいずみ”にでも行ってみよう。
……そこになら、もしかしたらいるかもしれない。
……あそこになら、ね。
……アタシが“しんぴのいずみ”に着いた時には、もう夜になっていて、空には見事な満月が浮かんでいた。
月からの光が泉を照らし、水面から返る光が辺りを照らす。それは神秘的という形容がよく当てはまる空間で、昼間の時とは明らかに違う美しさをたたえている。
そして、その岸には白と黒の獣、つまりミナヅキが静かに水面を見つめていた。……いつもの馬鹿みたいに明るい表情じゃなく、暗く寂しげな表情で。
「ミナヅキ!!」
アタシがそう呼ぶとミナヅキはこちらへ振り返る。その寂しげな表情のままで……。
「キサラギ、……きっと来てくれると思ってた」
「何言ってるのさ!! アタシがどれだけ心配したと――」
「……ごめん」
ミナヅキは頭を下げた。……え? ……い、いつものミナヅキならここでもふざけた事をほざいたりするのに今回は、……違う?
……何かあったのだろうか。
「頭、どうかした?」
「いや、覚えてない? キサラギ」
ミナヅキは辺りに視線をゆっくりと送った。まるで懐かしい物でも眺めるかのように……。そしてひとしきり眺めると
「僕ら、……ここで出会ったんだよね」
といきなりアタシに語りかけてきた。それと共にミナヅキは泉のほとりをゆっくりと歩く。
「その時、キサラギは泣いてたよね」
ミナヅキは穏やかな笑みをアタシに投げかけた。アタシは否定する要素を持たず、ただ顔を赤らめるだけだった。
「覚えてる? キサラギさ、その時から僕に“バカ”って言ってたんだよ」
「……そんな事言うためにここに来たわけ?」
「いや、それだけじゃないよ」
とミナヅキは夜空を仰いだ。
「今日は僕たちが出会ってちょうど3年目なんだ。だから、ね」
ミナヅキはまたアタシに笑いかけた。3年前と全く変わらない笑顔、アタシ達が一緒に探検するきっかけになった笑みだ。
……それを見てると不意に涙があたしの目から顔を出した。そして頬をつたい、重力に身を任せ、地へと沈んでいく。
……もちろんアタシのその涙をミナヅキは見逃しはしなかった。
「今までありがとう。素直じゃない“お馬鹿さん”」
「……お互いでしょ? 馬鹿なのは」
「……うん。そう、だよね」
アタシ達はただ笑いあっていた。
……やられたね、これは。……この泉がまた忘れられなくなりそうだ。
「…………本当に、馬鹿なんだから」
アタシはそう呟いて夜空を見上げた。
……ありがとうね、“お馬鹿さん”。