音が草むらを引っかき回した。
 背の高い草むら、背の低い草むら、そんなものは全く関係なく、音が周囲の空間ごと草を引っかき回す。
 本能が告げる。また来てしまったか、と。
 来て欲しくなかった。訪れて欲しくなかった。そして、ただ過ぎ去るのを祈る。そんな時間。
 現在がいつだか、そんなものは知らない。
 ただ、自分だけでなく周りの皆も、この時間は余り好めるものではなかった。
 草を分ける音、草を踏みしめる音、それら全てが危険を知らせる。
 その中で今できること。
 それは、ただ祈ることだけだった。




  『 週3回の逃避行 』




 祈ることは無駄だ。
 そんなことはよく分かっていた。
 みんな自分を探してる。もしくは自分と同格のものを探している。
 狩りが始まった。それを感じられるのは本能と経験におけるものだろう。
 日が2回昇って2回沈む。それを見たあとは大体こうなる。
 草を裂く音が身に染みて、慌ただしい足音が土を蹴る。
 それは、一応見慣れた光景だ。
 決して気分がいいものじゃない。むしろ怖さを覚える。
 鬼気迫る大きな影、見知らぬポケモン、挟み撃ちに待ち伏せ、なんでもありだ。
 逃げることは、……出来なくもない。多分。
 今までそうだったんだから。今まで逃げ切ってきたのだから。
「……あっ!」
 警戒しつつ辺りを探っていると、少年と目があった。
 声を上げたあたり、向こうは確実にこちらに気付いただろう。
 そんなことを考えるまでもなく、体は本能に従って、逃げる。
 切り立つような草の間を割いて、全力疾走。
 とにかく逃げる。後ろは時々振り返って、相手の出方を伺いながら。 



 ……うまく逃げ切れたみたいだ。後ろに敵影がないのを確認して、小さく息をつく。
 しかし、危なかった。
 今みたいにポケモンを出される前に逃げ出せたなら良かったものの、運が悪ければ、ポケモンと対峙する
ことにもなる。
 それは、避けたかった。
 相手と対峙してしまったら、逃げても相手は執拗に追ってくる。それが分かっているんだから尚更だ。
 そして逃げている間に草むらから出てしまったら、もっとたくさんの足音が追ってくるんだから。
 そうされたら、次は逃げ切れないだろう。
 いや、逃げ切る自信がない。
 今までだって、逃げ延びているのが奇跡みたいなものなのだから。
「あっ、こんなところに!」
 また少年に見つかる。さっきとは別の少年だ。
 本能的に体を翻す。
 しかし少年は素早く腰のボールに手をかけ、宙にはなっていた。
 ヤバイ!
 そう全身が警笛を鳴らす。
 斬るように草をかき分けて、乱暴に突っ込む。
 格好なんてどうでも良い。ただ逃げることだけが望みだった。
 しかし、今度の少年はしつこかった。しかも見知らぬポケモンも一緒だ。
 嘴の鋭い、大きな茶色をした鳥。それがこっちを睨みながら飛びかかってくる。
 草むらをものともせずに襲いかかってくる嘴。その凶器を体をひねって強引に躱す。
 反撃は出来ない。そんな余裕もない。
 そんなことを考えさせないくらい、相手は速かった。
 脳裏に不安がよぎる。そんな中、少年は茶色のポケモンに続けて命令を出す。
 すると、茶色のポケモンは素早く上昇してこちらを見据えると、また翼を振るった。
 星のような形をした何か。そう認識する。
 いや、認識すると共にこちらへ飛来してきた。
 さっきの嘴のように、身をひねって躱そうとする。
 すると星のようなものはこっちに合わせて動きを変えて、背中に刺さる。
 息が乱れる。体が支えきれなくなる。そして、とても痛い。
 だが、転ぶわけにはいかなかった。それが、最低限の根性だ。
 またしても少年は声を上げる。なんて言ってるかはよく分からない。
 ただ、茶色いポケモンには通じているようで、素早くこちらの前方へ回り込んだ。
 大きな丸い目がこっちを睨むように見つめてくる。
 それはなぜか無視できなくて、つい目を見返してしまった。
 それから先は、よく覚えていない……。



 ……青いもんだ。今更ながらそう思う。
 逃げるという判断は正しかったんだろうが、あそこで逃げ切れていたら今の自分はなかったんだろう。
 ここまで強烈な思い出。それはたまに思い出す悪夢のようだ。
 ……あの時逃げ回っていた時間。あれは「虫取り大会」というらしい。
 あの時、今のようになっていなければ、それを知ることもなかったんだろう。
「ほら、行こうストライク」
 主人――あの時の少年――はこちらに声をかける。
 連れられていくのは、見慣れた草むら。
 腕の鎌が疼く気がする。
 あんまりいい思い出はないけれども、懐かしさがこみ上がってくる。
 ああ、あそこでまだ逃げ回っている奴がいるのか。
 そう考えると、どうもいたたまれなくなってくる。
 しかし、手を抜くことも許されない。
 だから、出会わないことを祈ろう。
 せめて今だけは、一時の休息を与えてやって欲しい。

 たとえ、人に捕まる結果がまっていたとしても。
 あの時同様、たとえ祈ることが無駄なのだとしても……。