1st   海賊、見参!


「いいか、お前ら!!」
 小さな帆掛け船の甲板で、橙色の髪をした女が、右手に持つ青龍刀で目の前の船を指し示す。女は顔に大きな切り傷を持ち、アウトローな存在である事を誇示しているようにも見える。しかも青龍刀を軽々と持つ怪力だ。
 そして彼女たちの目の前にある船は、貨物船に横付けしてその荷物を奪っている。
 そしてそれに伴い、怒号と悲鳴が海に響いて彼女たちの耳に届く。
 目の前の船は、俗に言う海賊という連中の船だ。
 橙髪をもつ女の目の前には男6人女が1人。
 男どもは橙髪の女が出すであろう次の言葉を期待し、その体から熱気に近いもの――やる気――をわき上がらせている。
 だが、それに引き替え女の方は蒼く長い髪をかき上げ、欠伸をしている始末だ。
 その姿には場違いという言葉がぴったりと合う。
「……おいルー、もうちょっと緊張感ってもんを考えろよ」
「そのうちにね」
「…………」
 “ルー”と呼ばれた蒼髪の女がさらりと答えると、橙色の髪の女は黙り込み、その現実から目を背けつつ男どもに叫ぶ。
「天罰、下すぜ!!」
「「おおおおおっっ!!」」
 男どもは力強く声を上げ、すぐに船側面の大砲やマストにとりつく。
 そして“ルー”と呼ばれた女は大刃の槍を取り出し、また欠伸をして橙髪の女に洩らした。
「……まったく、またアイツらじゃない。面倒臭いわね」
「ま、そう言うなって。ああいう輩がいるからアタイらが食っていけるんだから」
「……カモならカモなりにおいしく食べたいんだけど」
 ルーと呼ばれた女はぶーぶー文句をたれながら相手の船を見やる。
 向こうも彼女たちの船同様に帆掛け船だ。
 船の大きさはこの船の2倍ほどで、帆には死肉を貪る獣の顔をモチーフにしたマークが描かれている。
「あと1分ちょっとで乗り込むからな。用意はいいか?」
「もちろんよ、ライカ船長」
 ルーと呼ばれた女がおどけて言う。余裕綽々といった表情だ。
「おい、その船長ってのはやめろ。アタイはオカシラの方が性に合うんだ。しかもアタイらは海賊なんだぞ、ルーラシア」
「お互い様ね。あたしもルーって呼ばれた方がいいわ」
 ルーもといルーラシアはクスリと笑い槍を構え、オカシラことライカも青龍刀を構える。
「よし、アタイらが乗り込んだら後は任せるからな!!」
 ライカは力一杯告げ、相手の船を睨んだ。
 ……彼女たちは白兵戦を行う気なのだ。


 白兵戦、それは剣や槍、ナイフに拳法など、直接攻撃を戦いの主体として、1対多よりも1対1で使用もしくは選択される事が多く、団体戦には向かない戦法という認識がされている。
 その中で、彼女らがこの戦術を選択するのには理由があった。
 まず1つ目は、今彼女たちがいる“セレス海”の海賊が行うような略奪などの行為に非常に活用しやすく、必要なものを確実に奪えるようにするため(ただし、彼女たちの目的は略奪ではない)。
 2つ目は、スリルを味わうため。
 3つ目は、海賊が狙うような船には大砲などの装備が成されてない事が多く、装備をしていたとしても、乗り込んでしまえば大砲が無力化出来る。という戦術的な意味合いもある。
 ただし、彼女たちの中の主な理由は2つ目が大半を占めているのだが……。


「さ、ファストフォールのみんな、どこからでもどうぞ」
「それとも黙って荷物を返してやるか。選ぶんだね」
 ルーラシアとライカは甲板の中心部に存在する開けた地点を陣取り、相手の海賊“ファストフォール”の面子を挑発する。
 もう慣れた行為だ。これまでに何度もこのように戦闘を繰り広げてきて、必ず勝利を収めている彼女たちには自信があり、そして勝利への確信もあった。
 “ファストフォール”は総勢20人の海賊で、規模はライカ率いる海賊“ステイツ・ハート”の2倍以上であり、その中で戦闘や略奪に参加するのは14人。残り6人は操舵やマストの管理などをしている。ちなみに全員男だ。
 そしてルーラシアとライカのペアはそんな相手に11勝無敗の成績で勝ち続けている。……単純な人数の比で言えば7対1。
 海賊として、否、男のプライドをズタズタに引き裂き、屈辱どころではなく怒りや恨みを涌かせるレベルである。
 だから彼等は、この2人の女達には負けられない、と気負っている。
 恐らく頭の中で彼女たちに打ち勝ち、屈服させる姿を何度もシミュレートしているだろう。
「来やがったかクソアマども!!」
「気取ってんじゃねーぞ!!」
 “ファストフォール”の構成員は彼女たちに斧や大刀で斬りかかる。まともに当たれば一撃で肉を裂き、その使い道を一瞬にして奪えるほどの一撃必殺の攻撃だ。
 しかし、そのような重量武器は威力がある分、その代償として重量がかさむ。つまり躱されたり払われたりした際に引き戻すのに多少の時間がかかり、また振りかぶる時のタイムラグの間にその武器が描く軌跡を読まれやすい。
 そして、その弱点をルーラシア達はよく知っていた。それは彼女たちも重量武器の使い手だからだ。
「死ねや!!」
 その勢いでルーラシアに斧が振り下ろされる。だが、彼女は慌てずに槍の刃をその斧の刃に軽くぶつけるように振って槍の刃を斧にぶつけ、軌跡を逸らしてやり、その勢いで回転力を生む。そして次の瞬間には男の顔に槍の柄が打ち込まれていた。
「……まず1人目」
 ルーラシアがぼそりと呟くと同時に、男はそのまま意識を飛ばされ、ばたりと倒れる。そしてそのすぐそばでルーラシアは新たな標的を探し、狙いをつけ、無遠慮に槍の柄による一撃を叩き込んでいく。そうして彼女の下には意識のとんだほぼ屍状態の男の山が築かれていく。
 そして、その様子はライカの方も同様だった。青龍刀を手の延長のように振り回して敵を討つ姿はもはや肉食獣に近いものがある。
 戦いにおける真理、それは弱肉強食である。強者に蹂躙された弱者は無様な姿でその身を晒す事が決定づけられる。
 この船もその真理には反してはいない。
 そして数分、ものの見事にルーラシアとライカの周囲では、屍のごとき男達が無様に身を晒していた。
 ちなみに、死者はゼロ。本当の屍は“ファストフォール”の船上には存在しなかった。
「ミッション・コンプリートね!」
「ああ。流石に疲れたけどな」
 ルーラシアとライカは互いに空いている左手でハイタッチを交わし、操舵室へ足を向ける。
 これからは彼女たちと“ファストフォール”の操舵手における交渉が控えている。ただその内容は交渉というより一方的な通達とも言えるだろうが。
「仕事熱心なのは認めるけどね」
「アタイらにも、やる事があるからな」
 嵐が過ぎ去った後のような荒れ方をした甲板に2人は一言告げ、背を向ける。
 甲板を通り過ぎた嵐はその姿を少しずつそこから遠ざける。
 残ったものは女、いやある意味では人ならざるものの所業だけであった。


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