2nd 星降る夜に潜む修羅
「では、今日の仕事の成功に!」
「「成功に!」」
橙色の髪を短く切りそろえ、顔に刀傷の走った女は、手に持つカクテルグラスを星が敷き詰められた夜空に高々と掲げた。それに周りの面子も続く。
彼女たちの表情は、戦いにおける勝利によって満ち足りたものへと料理され、野外に置かれた大きく簡素な円のテーブルを明るく染め上げる。
彼女は掲げた手を伸ばしたまま、自分の目の前にグラスを持ってきた。
グラスに注がれた琥珀色の液体を通して、青いタンクトップを着た女の姿が向かいに座る男の顔に映り込んだ。
そして間髪入れずに橙色の髪の女は口を動かす。
「……乾杯!」
「「かんぱぁいっ!」」
ミクロセント島と呼ばれる島の一角を占める港町、さらにその一角の居酒屋に、明るい色の花が咲いた。
……その数時間後、暗く人通りのない廃墟が並ぶ夜道、そこを蒼いロングの髪の女が歩いていた。
青と黄色のぴっちりとした、言うなれば潜水用ともとれなくもない服を上半身に纏い、腹のところをあけ、ショートパンツに腰布を撒いている。そしてその背には、斧とも言えるような、とにかく刃の大きい槍を背負っている。
細身で華奢に見える体型には、その槍が明らかに似合わない代物であることがわかる。
そしてその女の連れ、橙髪で白のタンクトップと膝丈までの丈夫でゆったりとしたパンツを纏った女も一緒だった。
腰には青龍刀が下げられており、周囲一帯の空気を通して、何かに威嚇をしているようだ。
「ねえ、ライカ」
「……何だよ、ルー」
ルーと呼ばれた蒼髪の女は、ライカと呼ばれた橙髪の女にほんの少し不満げな視線を向けた。
「最近、酒の質が落ちてるような気がするんだけど……」
「……ああ。やっぱり気になったか?」
「だって、お気に入りの“クレセント・レイク”の甘さが足りなかったんだもん。嫌でも分かっちゃうわ」
「そいつは参ったな……」
ライカはばつが悪そうにこめかみを掻いた。
クレセント・レイクというのはカクテルの銘柄であって、ルーもといルーラシアの好む酒である。
「実は品薄らしくてな、少し古くなってたのを出したのが悪かったか……」
「……だったら無理して出さないでもよかったのに」
「そうだな」
ライカは歩きつつ夜空を仰いでみた。
降るような星々がその存在を主張しあっていて、まるで海賊同士の勢力争いをしているようだ。
しかも現在2人が歩いている通りは明かりがなく、暗い路地なので、空の星々の光をより一層際だたせている。
その中を、2人の女海賊は歩いていく。波の音が僅かに響く以外には無音の空間を。
「……ライカ」
「……ああ」
2人は前へと進む足を止め、背中から武器を取り出した。大刃の槍と青龍刀という女にはふさわしくない武器を。
そして周囲の空気からそこに潜む何者かの気配を探る。体全部を1つの感覚器官のようにして。
「……いるわね。怪物級のが」
「間違いなく、な」
「……ガセだと良かったのに」
ルーラシアは軽い口調でもらすが、その目は笑顔から遠く離れたものだった。
いつもはぱっちりとしている赤い目を細め、口を強く結んでいるその様子は真剣そのもので、そのたたずまいは彼女が1つの凶器であるという錯覚を起こさせるほどだ。
一方、ライカもルーラシア同様に周囲に視線を走らせ、抜いた刀を右手に持ち、その刀身の後ろ側に左手を添え、臨戦態勢をとっている。
そして、ルーラシアとライカは互いに背中を合わせて潜む何かの出方を伺いつつ口を開く。
「……まさか街の一角に魔物がいるなんてね」
「……しかも、かなりヤバイ奴がな。大金で有志を募るのも頷けるぜ」
そう。彼女たちは海賊をやる傍らバウンティーハンター、つまりいう賞金稼ぎでもあったりする。
そして、今回の仕事はミクロセント島にある廃墟周辺の怪事件の調査、という名目だ。
……しゅたっ。……しゅうっ。……とっ。……しゅたっ。
風を切る音が彼女たちの耳に届く。
何者かが少しずつ接近しながら、闇の中を飛び回り、獲物を求める音が。
「……来るわね」
「律儀なもんだぜ」
音は1つの方向から断続的に響いてくる。それはルーラシアの左前方、北西の方角だ。
ルーラシアは槍を構え、上体を前に倒す。髪が風を巻き上げ、彼女の背中に届く前に、ルーラシアは虚空に向かってぼそぼそと呟き始めた。
「……我、光を以て雷の如くを為し、吹き抜けんところ有り――」
そして同時にその言葉を耳に挟みつつ、ライカの方は地面を力強く踏みしめた。
するとその瞬間、ルーラシアの視界に黒い獣のような影が映り込み、夜空の明るい星が映る風景を黒く切り取った。
ルーラシアはそれを見逃すことなく、手にした槍の刃を天に向ける。
「雷風(サドレス)!!」
ルーラシアが魔法を発動させる。
風のように鋭く、速い電撃が虚空を切り裂き、黒い影を地面に叩き落とした。
もう逃げることなど許されない。
そう。これは自身の命を賭けた殺し合いなのだから……。