ぶつかり合う赤と桃


 炎をまとった剛脚が鬱蒼とした森の空気を引き裂いた。その真っ赤に燃える脚は攻撃目標としていた小さな桃色のポケモンをとらえることは出来ず、ただ湿った空気を強引に焦がしてゆくだけだ。
 そして炎の脚を回避した小さなポケモンはふわりと宙を泳ぎ、攻撃を仕掛けた赤く大きなポケモンの側面へ回り込むとその小さな手の指を軽く振りかざしてみる。
 すると大きい方のポケモンは危機を察知したのか、桃色のポケモンがいる位置から飛び退き、手と膝を地面につけて着地した。それと同時に、桃色のポケモンの前に岩が突き上がり、少しぬかるみの残る地面を削った。
 互いのポケモンは、軽くあえぎながら相手を睨み続けている。
「……やるな。さすがは守護者だ」
「……そちらこそ。バシャーモらしからぬ反応の良さだね。キミとは楽しめそうだ」
 2匹のポケモン――バシャーモのルストとミュウ――は互いの腕前をたたえ、真剣な目をしたまま口だけを綻ばせる。
「でも、俺はあんたを倒してくさのラッパを手に入れたいんだ!」
「ふぅん……。でも、くさのラッパは簡単には渡さないからね!」
「分かってるよ! 行くぜ!」
 ルストは腕に炎をまとわせて泥を蹴り、ミュウの元へと走る。一方ミュウは空中に浮いたままルストの接近を待ち、迎撃するのを狙っているようだ。
「たりゃぁっ!!」
 ルストはまたしても鋭い蹴りをミュウに放ち、ミュウは高度を落として蹴りの描く軌跡から逃れ、ルストの懐に飛び込んだ。ルストは小さく舌を打ち、苦し紛れとばかりに空いている腕でミュウに殴りかかる。
 しかし、ミュウはまたしても変幻自在の動きで炎の腕をかいくぐり、ルストの顔面手前に浮かび上がると、体をひねり、勢いをつけた小さな拳を振りかぶる。
「メ・ガ・ト・ン……」
「させるかよ!!」
 ルストはそう短く叫びつつ、鋭いくちばしを用いて浮かぶミュウにつついて攻撃しようと試みた。
 しかし、これも空しく空を切ってしまう。ミュウが後ろに素早く下がり、ルストの嘴(正確には尖った口)の効果範囲外までその身を捌いたのだ。
 だが、この行動によってミュウはルストから離れ、その隙にルストはまたしても飛び退いて距離を測る。
 勝負は互角の様相を見せていた。ルストは手数で勝るが、攻撃を当てられず。ミュウの方はルストの巧みな動き方で攻撃するチャンスが少なく制限されてしまっていた。
「……はぁ」
 ミュウは小さく息をつき、睨むのとはまた違う様子でルストを見やった。すると
「……息、ついてるじゃないか。スタミナ切れかい?」
 とルストはミュウに聞き、軽く挑発して見せた。彼特有のペースを作る行為だ。実際、そうやってミュウに聞く彼自身も肩で息をしており、相手よりも自分を気遣う状況であることはそこにいる誰の目にも明らかだ。また、それと同時に
「ルストさぁん、負けないでよ」
「そうですよ。ガンバです!」
 と彼は仲間であるリハートとオルティスの応援をその体に招き入れ、自分の心に鞭を打つ。
 彼の腕の炎が赤みを増す。と同時にキサラギとトリスは共に小さく呟く。
「「……単純な男」」


 事の起こりは数分前にさかのぼる。
 ルストは森の奥深くに建造物みたいなものを見つけ、探検隊としての悲しい性か、そこに安置してあった箱を見つけてしまったのだ。
 その箱はピカチュウであるリハートと同じくらいの大きな箱で、所々に装飾が施されていて、いかにも宝物であるような雰囲気を十二分に醸し出していた。
 そして案の定ルストはその宝物が入っているチックな箱に手を伸ばし、その蓋を豪快に持ち上げようと箱に手をかけた。すると
「ちょっと待ってよ、そこのポケモンさん!!」
 と、宝箱の安置されてる建造物の陰から一匹の小さな桃色をしたポケモンがルストの目の前に素早く飛来して、小さな指を立てた。
「この中身はそんじょそこらのポケモンにはあげられないものなんだ。……シークレットランクの探検隊だけが持ち帰れるVIP仕様の道具なのさ」
「……ふぅん」
 桃色ポケモンの言うことにルストは興味なさそうに相槌を打ち、次の話を促すように、品無く首を縦に振る。
「……で?」
「……で? じゃないよ。君たちはシークレットランクの探検隊かい?」
「……ああ。これ見りゃわかるだろ?」
 ルストは探検隊バッチを取り出し、ピンクのポケモンに突きつけた。「くらえ!」とかいいそうなほど自信たっぷりに。
 そしてそのバッチを桃色のポケモンは手に取り、まじまじと見つめ、少しだけ面倒くさそうな顔をしてルストにバッチを返却した。
「……確かにシークレットランクだね。残念だけど」
「残念?」
「いや、こっちの話だよ。……ちょっと来てもらっていい?」
 桃色のポケモンはルスト達を建造物から少し離れた少し開けた場所へと案内すると、ルスト達と少し距離を取った。ルストはその行動に疑問を浮かべる。
「どうしたんだい?」
「なぁに、どうもしないよ。ただ仕事ができたってだけだよ」
 ルストの問いに桃色のポケモンは答え、手を組み、ぱきりと骨をならした。
 ……と同時にルストはピンク色のポケモンがしようとしていることを何となく理解したのか、連れている仲間全員に離れるように指示を出した。すると、とたんに彼の仲間達は揃って近くの木の下に陣取り、ルストと桃色ポケモンがすることを遠巻きに眺め始めると、桃色のポケモンは感心したように目を細めた。
「……へぇ、君って勘が良いんだ」
「いや。むしろ空気を読んだっていう方が正しいかな」
 と、ルストは拳を前に突き出してにやりと口元を歪ませる。
「始めるんだろ? バトル」
「そうだね」
 ピンクのポケモンはそう答えて、ごそごそとどこからか紙を取り出し、書いてある内容をあまり抑揚無く読み上げる。
「……え〜。……我の名はミュウ。この密林、に眠る秘宝、“くさのラッパ”を手に入れたいのなら、……あ〜、我と戦い、その力を――って、ああ〜っ! めんどくさい!!」
「…………」
 ミュウが紙を投げ捨てて、自分がした事への煩わしさを全身から噴出させているその横で、ルストを含む探検隊“しんそく”の面々は呆れかえったまま、目の前で起こった愚行にあっけにとられるしかなかった。



「……リハートさん。ちょっと聞きたいんだけどいいですか?」
 ルストとミュウがしのぎを削り、互いの拳とプライドをぶつけ合う中、ミナヅキは口を開いた。漂う緊張感と手に汗握るような格闘戦のさなかにはいささか場違いなほどさっぱりと。そしてミナヅキは続ける。
「……ルストさんの方が明らかに不利ですよね?」
「……やっぱりそう思うよね」
 リハートは答え、黄色と黒に彩られている耳をだらりと垂らした。目はルストの方に向いているものの、呆れているともとれるようなあきらめのこもった目つきだが、戦闘に集中しているルストにはそれは見えないようだった。……しかし、それは彼にとって都合が悪くないだろうが。
 そんなリハートにミナヅキはニュースキャスターよろしく質問を続ける。
「……彼が負けるとは思ってたりします?」
「いや。それはないと思うけどなぁ」
「ほう……」
 ミナヅキはリハートが発した意見に軽く唸り、顔の右側にある刃を手のようにあごに当て、感心したみたいにルストの戦いに目をやった。それは、タイプという決して覆せない条件下にも関わることのない戦い振りで、彼自身のレベルの高さを十二分に物語るものだった。
 しかも、さっきのリハートの発言から“彼がまだ本気を出していない”ということがミナヅキは悟り、固唾をのんでみる。
 ……苦くもなければ、甘くもない。それこそ泥臭いかもしれない。ルストの戦いぶりみたいに。
「……信頼してるんですね。彼のこと」
「うん。だって、ルストはみんなのヒーローなんだから。負けるはずないんだ」
 リハートはルスト達の戦いを見ながら、力強く静かな口調で言った。それは自分自身の心配を取り払おうとしているかのような不安が秘められたものであったが、ミナヅキはそれについて何も言わなかった。
「……英雄、か」
 ミナヅキは誰にも聞こえないように小さく呟くと、ルスト達の殴り合いに目を戻した。
 ルストは未だにミュウと近接戦闘を繰り広げている。炎をまとった拳が空を切り、炎を放つ足は地面の泥を焼き、その固まった泥を宙に舞い上げ、ピンクの小さな体は巧みに舞う。それは低空で戦う鳥ポケモン同士の戦いを見ているようだった。
「だから彼はあんなに眩しいんだね……」
 ミナヅキはまた呟きリハートのそばに腰掛けると、軽くルストのほうに微笑んでみた。
 
 ……君なら勝てる。こんなに信じてくれる仲間がいるんだからね。そして、英雄なんだから……。


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