いっしょにいこう



「こっちの方に道があるよ」
「オッケー! お前を連れてきてよかったぜ」
「へへへ」
 ピカチュウとバシャーモとエンペルト、そしてラティオスは順調にジャングルの中を進んでいく。迷う事も無く、ただひたすらに。
「だが、ルスト1人だと迷子は必至だったな」
「その台詞、そのまま返すぜ。トリス」
 ルストと呼ばれたバシャーモはエンペルト、もといトリスのトゲがある発言に言い返す。
「だいたいお前、♀なんだからその口調を何とかしてくれよ」
「断る。これは私の種族の問題だからな」
 トリスは視線をわざとらしくルストから外す。すると今度はラティオスが彼女に穏やかに話しかけた。
「まぁまぁ、ルストさんも別に悪気はないんですから。気分を直して下さいよ」
「それについては否定するつもりはない。奴の変なこだわりなのは分かっている」
 トリスの身も蓋もない物言いにラティオスは一瞬体勢を崩した。
「……確かに、そうですけど」
「それに、私は気分を害してなどいないぞ。オルティス」
「へ、そうなんですか?」
 オルティスと呼ばれたラティオスは少し驚く。そしてトリスはそれを気にせずに言葉を続けた。
「もう慣れている」
「……あ、そういうことですか」
 オルティスは軽くうなだれた。だが浮いている体は地面に落ちる事はなかった。


 一方ルストの方は、ピカチュウと話している真っ最中だった。ここ、ミステリージャングルに訪れた理由について。
 そして基地にあった謎めいた極秘の指令について。
「でもさぁルスト、いったい誰からの指令なの?」
 ピカチュウがルストに尋ねると、ルストは参ったように両手を広げた。
「さぁ。俺にも分からない事が多いんだ。お前は誰だと思う? リハート」
 ピカチュウのリハートの問いをルストはストレートに返す。ある意味で意地悪ともとれる問い方だ。そしてその返答にリハートは丸いほっぺたを膨らませ、ルストを軽く睨みつける。
「ちぇっ、フォリアなら答えてくれるのに……」
「そりゃあ、アイツならね」
 ルストは遠慮無く軽口を浴びせかける。
「でも、アイツに聞いたところで答えは俺とそう変わらないぜ。だって、気がついたらあのサメハダ岩に密書とか書かれた紙があっただけだし、しかも第一発見者は俺なんだ。その上にアイツは俺より先に寝て、俺より後に起きる生活パターンだから」
「やっぱり腐っても『しんそく』のリーダーなんだね。ルストさん」
 リハートは感心してるんだか馬鹿にしているんだかわからない口調でもらす。
「腐っても、は余計だ」
 ルストは笑いながらリハートの頭をこつんと叩いた。




「……おい」
「どうかしたか? トリス」
 ルストはトリスに後ろから声をかけられ、彼女の方に顔を向ける。トリスの顔は少し歪み、眉間に皺が寄っている。よほど機嫌が悪いのだろう。
「モンスターハウスはここまで群生するものか?」
 トリスはルストにそう尋ねつつ、目の前にいるウツドンの横っ面をはたき込んだ。
 鋭利な刃になっているトリスの手は、ウツドンの顔面にヒットするや否やウツドンを切り裂き、深い傷を刻み込んだ。
 そしてウツドンはその場にばたりと倒れ込む。
「知るか!」
 ルストは顔を元の向きに戻し、目の前を飛ぶフライゴンのアゴに拳をねじり込む。ルストの必殺技、スカイアッパーだ。
 フライゴンは拳の描く軌跡に沿って吹き飛ばされ、動きを止めた。
「……でも、今回は多いよね」
 リハートはしっぽでゴンベをひっぱたき、黙らせる。
「そうですね。ファイトォっ!!」
 オルティスは笑顔をまき散らしつつ仲間達を応援し、激励する。
 見事なチームワークだ。死角も作らずに自分たちの力を高め、そして効率的に敵を撃破していく彼らはほとんど砦に近く、多少の攻撃ではびくともしない強固なものになっている。
 そして彼らの周りには、気絶したポケモンの群れが山のように重なっている。
「やれやれ、運が悪いもんだ」
「全くだ」
 しんそくの4匹はほぼ同時に溜息を漏らす。安心感と、解放されたという自由を感じて。
 だがその直後、一瞬にして彼らの空気は冷え込み、臨戦態勢へと戻った。
 目の前にはアブソルとジュプトルが1匹ずつ。泥だらけでこちらを睨んでいる、ように見える。
(探検隊か?)
 ルストはそういう考えを浮かべたが、すぐに頭を振って打ち消した。
 こんな所に探検隊は来る事は滅多にないはずだ。ここの難易度は周知になっているはずだし、迷っていたのなら救助依頼がギルドに舞い込んでくるはずなのだから。
(ええい、面倒だな)
 ルストは腰を落とし、すぐにでも格闘戦に入れる体勢をとり、彼の仲間も続く。
 だが、その空気は簡単に打ち破られることになった。
「そこのバシャーモさん。ここ、何処ですか?」
「へ!?」
 アブソルは極めて友好的な目線をルストに向ける。そしてこのジャングルの蒸し暑い空気を完全に無視するかのように涼やかで穏やかな口調で語り出す。
「僕はミナヅキ。この森で3日ほど迷っているんです」
 アブソルの言葉に後ろのジュプトルが不機嫌そうに頷く。泥がこびりついた顔の眉間には皺が寄り、不機嫌さを象徴しているかのようだ。
「このバカ男がこの森に誘ったのが原因よ」
 ジュプトルは淡々と語る。……ルスト達には“バカ男”の部分の音量が大きく感じられたが、彼らは敢えて無視した。それどころか、
「ねぇオルティスさん。あれはラブラブって言うの?」
「う〜ん、微妙なラインだね」

 オルティスとリハートに至ってはこそこそ話を始める始末だった。その様子を目の当たりにして、ルストはばつが悪そうにこめかみをぽりぽりと掻きむしる。
「……あのさ、お前らここのポケモンじゃないわけ?」
「あ、違いますよ」
「この森にアブソルなんていないでしょ?」
 ジュプトルは刺々しい口調でルストに言葉をぶつけ、ルストは閉口する。
「……つまり、私たちに敵対する意識はない。そういう事だな?」
「そうよ」
 ジュプトルとトリスは冷たい視線を互いに注ぎ合う。放っておけばそのまま戦闘に入りそうなほどむっつりと。
 その中、ミナヅキと名乗ったアブソルが無遠慮に口を挟む。
「それで、頼みがあるんです。手助けをしますんで僕たちをトレジャータウンまで案内していただけませんか? 
 もちろんお礼はしますから」
「ただし、出来る範囲でだけど」
 ミナヅキの台詞にジュプトルは容赦なく割り込み、ついでにミナヅキをじろりと睨んだ。隙あらば斬る、そのくらいの怒気を込めて。
 そして、ルストは二人を交互に見やり、頭頂部を引っかき回した。
「よし、商談成立だな。俺はルストだ。よろしくな! ミナヅキさん、キサラギさん」
 ルストはそう言いながら右手を差し出した。それをミナヅキは軽く握り返す。
「キサラギ共々よろしく頼みま――」
「ちょっと待って!!」
 和やかになってきたジャングルの中にキサラギの声が響く。
 そしてキサラギと呼ばれたジュプトルは疑いと警戒の目つきをルストに向けた。
「何でアタシの名を知ってるわけ? 名乗ってないはずだけど」
 だがルストは至って冷静で、狼狽えも何もしていない。
「そりゃあ、一度一緒に探検に行けば名前なんて覚えちまうからな」
 ルストはけらけらと笑い、彼以外の全員が頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。
「……アンタは誰?」
 キサラギは目を細めながらルストに尋ねる。するとルストはおもむろに自分の胸に手を当て、丁寧にお辞儀をして、キサラギの目線に自分の目線を重ねる。
「俺は、チーム“しんそく”リーダーのルスト。キマワリさんの後輩だ」
 そうルストがキサラギに告げた瞬間、キサラギの目が驚きで見開かれた。
 恐らく脳内検索でヒットしたのだろう。“しんそく”と“キマワリ”というキーワードで。
「……まさか、あのアチャモ!?」
「ご名答!」
 驚くキサラギにルストはガッツポーズを叩きつけた。無邪気なものである。
「ってなわけで、ちょいと付き合ってくれたら間違いなく街まで案内するぜ!」
「……よろしく、頼むわ」
 キサラギは複雑な表情でルストを見ている中、ルストはキサラギの手を力強く握ったのであった。




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