5th 帰る人、離れる人


「おいお前ら、帰ったぞ!」
 ライカの大きく元気のいい声が船の甲板に響き、そこで日向ぼっこをしつつうたた寝をしていた全員がびくりと目を覚まし、小さくうめいたり目をこすったりした。しかし、とりあえずオカシラの招集ということで、ゆっくりではあるものの乗組員という名の子分達はライカ達を囲むように集まる。
 そして集合が終わったと共にルーラシアは不思議そうに尋ねる。
「なに? みんな寝てたわけ?」
 ルーラシアの表情には、多少の疑問と叱責でもしたがっている感情が込められている。そのため、力で彼女に敵わない子分達はささやかな恐怖を宿らせつつ、かつルーラシア達に聞こえるくらいの音量でひそひそと会話をしあう。
「……おい、確か今日は……」
「……コルトの番じゃなかったか?」

 “ステイツ・ハート”における船の見張りというのは交代制で、全員が寝ていたりするときも常に一人は起きたまま船の安全に気を配ることになっている。
 しかし、現在の状況を見るとその見張り番は機能停止をしていて、船自体に何もなかったからいいものの、重大な被害を及ぼす可能性があったのだから危ないことこの上ない。
 そしてひそひそ話の渦中にあるコルトはびしっと手を挙げ、ルーラシア達に堂々と告げた。
「寝てやしたぁっ!!」
「「元気よく答えるな!!」」
 コルトの場違いな台詞にそこにいた全員が声を上げ、コルトへと視線を集中させる。
 これほど堂々と自分が犯した間違いを認められると、もう呆れるというものを通り越して清々しくさえなってくる。不思議なものだ。
「……おいコルト、不用心にもほどがあるんじゃねぇのか?」
 ライカは少し眉間に皺を寄せつつコルトに言い、一同もその意見に頷いて同意を示す。しかし、コルト自身はほとんど悪びれた様子もなく、指を口に当て、強く吹いた。
 そこいら一帯に高い音が響く。すると、コルトの元に40cmくらいの大きさの鳥がふわりと舞い降り、クアッと一鳴きした。
「ちょっとファルケに任してたもんで、一休みしてたんでやすよ」
 と、コルトは自分の胸の前辺りに腕を出すと、ファルケはその腕にぱたぱたと着地し、白黒茶色の3色で成される羽を折りたたむ。
「……えっと、オカシラ。……何アレ?」
 ラヴィが控えめにライカに尋ねると、そこに集合している男という男とファルケはびくりと視線をラヴィに移した。
 その目つきは言うまでもなく未知の訪問者を警戒する目つきだ。
「…………」
 視線の波がラヴィを襲い、ラヴィはその表情を凍らせた。……さすがは海賊である。その視線の波には妙な迫力が込められていて、威圧までは行かないものの、かなりのプレッシャーをラヴィに与えているようだ。そこにルーラシアは告げる。
「まま、みんな怖い顔しないで聞いて。……ついでにラヴィ、一回降りて」
「はいさ!」
 ルーラシアの後ろ辺りを飛ぶラヴィは前に飛び出し、手足を丸めつつくるりと前方宙返りを披露し、地面に着地する。……するとその体がみるみると大きくなっていくではないか。
「「……なっ!」」
 ルーラシア、ライカ、ついでにファルケを含む全員がラヴィが現在いる方向から一歩引いた。
 そうしてラヴィの首や顔、手足や翼が大きくなり、2m強のスマートな竜の姿を形作ると、ラヴィは軽く挨拶代わりの咆哮をかまし、またしてもラヴィ以外の全員が一歩ずつ下がった。
「……いったい何のつもり?」
 ルーラシアは背負った槍をいつでも引き抜ける体勢で聞いた。するとラヴィはさらりと返答する。
「いやね、人と出会うときっていうのはまず第一印象がものを言うのであって、流石にああいった小さいドラゴンのまんまじゃ相手になめられるし、そうなったらオイラとしても不本意だからさ、……だもんでこういったスマートかつ流麗なドラゴンにでも変身して第一印象を良くしてオイラという生物の格でも上げようかと――」
「いらねぇよ!!」
 ライカは全く遠慮なしにラヴィへと吠えかかり、その横ではルーラシアがやれやれと肩を落としている。
 そしてざわめく子分達に説明を始めた。
「……えっと、あたしとライカが怪物の退治に行ってたのはみんな知ってるわよね。……実はそこであたしがヘマやって怪我しちゃったわけ。けっこう重傷だったのよ」
 そう言いつつ、ルーラシアは腰に巻いてた布を証拠とばかりにほどいて、彼女の血がべったりとついている部分を指し示した。
「真っ赤でしょ。これだけあたしがやられちゃって、ライカでさえ途方に暮れてたときにあのラヴィが通りかかって、……まぁそれで、魔法か何かで治してもらったわけなのよ。……だから一応恩人なのよ、アレでも」
 ルーラシアはライカと互いに意見を戦わせるラヴィを控えめに示す。
 するとそれを大人しく聞いていた子分達はひそひそと小さい声で談義し合う。
「あのアネゴが!?」
「ってことは強いのか?」
「それ以前に本当なのか?」

 子分達は浮き足立っていた。彼らにとってのルーラシアやライカとは“最強”というものの象徴みたいなもので、決して敵うものがない存在だったため、それが揺らぐことになれていないのだ。その中、
「ちょっと質問いいッスか?」
 コルトは手を挙げ、ルーラシアだけでなくライカにも尋ねる。
「なんだ? コルト」
「そのトカゲ、何で大きさが変わったり喋れたりするんです?」
「そういえばそうだ」
 ライカはポンと手を叩き、ラヴィの顔を見上げた。
「さ、説明してもらおうか」
 ライカは恐怖感でもあおりそうなほどの笑顔でラヴィの肩に当たる部分を軽く叩き、ラヴィの方はしょうがないとばかりにやや半眼気味にライカの方へ視線を向ける。
「……いや、言ってなかったけどオイラの種族――シャドウスキルは変幻自在なんだ。まぁ、多少は制限とかあるけどオカシラとかアネゴそっくりに姿を変えることも出来るし、今の倍くらいに大きくもなれるよ」
 と、ラヴィは自身の額に鋭く尖った一本角を生やし、周りの面々からちょっとした歓声が上がる。
「そんでみんな、リクエストとかあったら出来る範囲で受け付けるよ。例えば豊満なバストを持ったオカシラとか、ものすごく弱々しくかつロリータファッションのアネ――」
「余計な!」
「お世話よ!!」
 ライカとルーラシアはラヴィに向かって最大出力で拳を突き刺し、ラヴィはたまらずうめいてから後ろへとその大きな体を倒した。
 重い音が響く。しかし誰もラヴィの身を心配する者はなく、気の毒そうな目線で彼の死体同然の姿に目を奪われている。
 そのなかルーラシアとライカの2人はふんと強く鼻から息を吐き出し、腕を組んでラヴィを見下した。
「ったく、胸が大きい必要なんて無いだろうが」
「誰があんな動きにくい服なんか……」
 その姿は鬼神とかいったものには遠く及ばないものの、ただの女2人が出すような雰囲気ではなく、怒らせてはいけない者を怒らせたような状態だった。
「……そいつ、生きてます?」
「知るか」
 ライカは冷たく言い放ち、その怒りの表情を真剣な顔へと移行させると、子分達に向かって静かに言った。
「しかし、お前らに多少言いにくい話ができてな。……聞いてくれるか?」
 ライカの真剣み溢れる面持ちに、子分達は無言で頷き肯定の意を示した。ラヴィという大型のトカゲがすぐそこに転がっている事実など全くもって関係ないようだった……。


「「アネゴがあのトカゲと旅に出る!?」」
「そ。あいつへの恩返しみたいなものよ」
 ルーラシアはラヴィの方をちらりと一瞥し、彼の無事を確認すると大きくのんびりと欠伸をした。
 子分達は揃って疑問と不安、ついでに拒絶の表情を浮かべた。
 しかしそれも当然だ。ルーラシアはこの“ステイツ・ハート”における重要な戦力で、並みの男では絶対に敵わない腕力と多数相手に立ち回れる経験が豊富で、彼女の力によってこの海賊が保たれていると言ってもそこまで言いすぎではない。つまり、場合によってはこの海での立場にも大きく響きかねないのだ。
「でも、あたしがいなくてもライカがいる限りあたしたちは無敵でしょ? しかも実力的には他にも良いのがいるじゃない」
「……いや、そりゃそうだけど」
 子分達はルーラシアの言葉に口どもり、それ以上反論できなくなった。
 それもそのはずだ。ルーラシアの言っていることは紛れもない真実で、それを彼らも自覚しているからこそこうなっているのだろう……。
「しかも――」
 ルーラシアはぴしりと人差し指を立てる。
「『受けた借りは何が何でも返せ。それが出来ないなら賊なんてやるんじゃない!』、……それがあたし達のモットーでしょ?」
「「…………」」
「……返事は!!」
「「ヘイ、アネゴ!!」」
 子分達はルーラシアの勢いに気圧されてほぼ異口同音に返した。
 彼女の意志は相当固いようで、もはや止めることなど不可能であることを彼らは知る。……その中、
「……えっと、あの〜。……1ついいですかい?」
 コルトは気まずい沈黙が広がる中、おずおずと手を挙げた。
「どうしたの?」
「いやぁね、ちょっと……」
 コルトは金髪が短く生えそろう頭をガリガリと掻きむしった。
「……あっしも連れて行ってもらっていいかい?」
「え? ……あたしは構わないけど。でも、……みんなは?」
 ルーラシアはきょとんとして聞き返した。
 それもそのはず、コルトも抜けるとなるとこの“ステイツ・ハート”はさらに人が減り、下手をすれば航行するのにも制限がつき始めてしまう可能性も秘めてくるのだ。
「あっしは別にいいと思うんですがね。……だって、あっしがしてる事って主に雑用で、別にその要員が削られたからって極端に困ることはないでしょう? ねぇオカシラ」
「……確かにな」
 ライカは腕を組みつつ頷き肯定した。
 捉え方によっては自己批判と自己否定を同時に行っているように聞こえなくもないが、それはまた紛れもない事実なのである。海賊というものはさりげなく小さい世界である。
「……でも、ファルケはどうするつもりなんだ? ……お前の子供みたいなもんじゃないか」
 ライカはコルトに尋ねる。
 ファルケはこの船がよく停泊している島の浜辺にうちあげられていた卵から孵った“ドルトホーク”と呼ばれる種類の鳥の事である。そして孵った瞬間に立ち会っていたコルトとルーラシアを親として認識している。
 だからファルケはよくコルトやルーラシアの周りを飛び回っているのだが、……いきなり親離れするというのは流石に酷だろう。
 しかしコルトの答えはハッキリとしていた。
「な〜に、いっしょにつれていきゃいいんスよ。コイツ、アネゴがいない間は寂しくてしょうがないんですから」
 コルトがそう言うとファルケは彼の手の上で強く一鳴きし、強く頷いた。
「……決まり、だな」
「うん……」
 ルーラシアは申し訳なさそうな顔でコルトの方を見やった。
「コルト。……ごめんね、付き合わせちゃって」
「いえいえ。あっしのわがままッスから」
 ルーラシアの罪悪感溢れる顔にコルトは手を振り、わざとらしくにやけて見せた。ファルケがその上でずり落ちそうになっているものの、それには目をくれる様子もない。ファルケは羽をばたつかせて振れる手の上で必死でバランスを保っている。
「……さて、そういうわけだ。意見がある奴はいるか!?」
 ライカはよく通る大きな声で子分達に全力で問いかけた。しかし返事はなく、子分達は無言で肯定を示す。
 するとライカはルーラシアの肩に優しく手を添えてやった。
「ファルケはお前の子なんだろ? ……大事にしてやれよ」
「……うん」
 ルーラシアはうつむき気味に小さく頷き、ライカは子分達の方へと大きく口を開く。
「……というわけで、夜は派手に飲むからな。いいな!?
「「へいっ!!」」
 ライカが叫ぶのに従い子分達も大きく声を上げ、この場にいる全員に今宵の酒宴が確約される。そしてそれと共に船上のボルテージが一気に跳ね上がり、子分達は船の中のあちこちに散った。
 夜はまだ遠い。あと8時間は後だろう。しかし夜は即座に接近してくるだろう。旅の準備に忙殺される彼女には……。
「……う〜ん。やっぱしいいよね、仲間って……」
 ラヴィはわき上がるような熱気を持つ甲板上で乱暴に翼をばたつかせ、太陽を睨んでみた。
 眩しい光はラヴィの真っ黒な表皮に吸収され、何事もなかったように彼に小さい熱をもたらすと、ラヴィは小さく息を吐き出した。
「……アネゴならきっと、ね」
 ラヴィはほとんど発音されないくらい小さく呟き、手を顔の前に持ち上げ、ぎゅっと強く握りしめた。


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