6th 別れの次の小さい朝


 船は、彼女たちの前からどんどん離れていった。波が護岸にぶつかり、泡と飛沫をまき散らす海の上をライカ達が乗る“ヴァーユ・バアル”が風を帆に受けて海原を進む様が陸にいる2人と2匹の目に映っている。
 その2人のうちのひとり、ルーラシアはその帆を眩しいなと思った。
 水が渦を巻き、風と交わるデザインの描かれた帆は“ステイツ・ハート”の印で、それは船というものと人が海を渡る様子を具現化しているものだ。ということをルーラシアは思い出しつつ離れる船を見つめ続ける。肩にファルケを載せているコルトと一緒に。
 するとコルトは小さく口を動かした。
「……行っちまいやすね」
「……そうね」
 そのしみじみと呟く様子にルーラシアも自然と同調した。
 ……“ステイツ・ハート”にはこういう言葉が残されている。『別れは笑顔で迎えろ。再会を心に誓いながら』と。
 これはルーラシアの父がよく小さい彼女に言っていた言葉だったが、かつてこの言葉をよく聞いていた彼女は目に涙をためている。
「……別れなんて、笑顔で迎えられないわよ」
 ルーラシアは離れゆく船体に背中を向けた。彼女の背に降り注ぐ太陽が痛々しい中、彼女はゆっくりと歩き出した。
 丈夫な素材のブーツが砂を巻き込み、じゃりと音を立てる。
 ラヴィはその姿を見て、悪いことをしたなと思った。




 野宿をして、次の日。日の昇る前の大地が闇の衣を振り払おうと苦戦している中をルーラシアは目を覚まし、体を起こした。
 慣れた時間だ。例え小さいとはいえ海賊のサブリーダーをやっている立場上、寝坊なんて誰にも示しがつかなくなる。
 そんな思いで始めた早起きも習慣になって、今も生きているその習慣。それは手下の寝顔を見る楽しみをわき上がらせてくれた。
 でも、今はコルトとファルケだけ。ついでにラヴィには逆に寝顔を見られているかもしれない。
 ……どうも、なんだか複雑な気分になってくる。
「お。早いじゃないアネゴ」
「……おはよ」
 案の定というか、やっぱりというか。ラヴィはすでに起きていた。火に薪を放り込みつつ、暇そうな顔つきでルーラシアの方をじっと見つめながら、さらに口を動かした。
「……アネゴっていつもこのくらいには起きてるわけ?」
「まぁ、そうね。いつもそんなに平和に暮らしてないから」
 ルーラシアはそう言って立ち上がり、寝袋代わりにくるまっていたマントを取ると、ばたばたと埃を払う。粉塵が辺りに舞い散り、炎や風に消されていった。ついでに、粉塵がラヴィの目に少し入ったようで、ラヴィはしきりに目をこすっているのだが、ルーラシアはそれに気付くことはなかった。
「海賊ってやっぱり平和じゃないんだ」
「……そーね」
 ルーラシアはラヴィの問いに適当に返すと、自分のすぐ脇に転がっている小枝をつまみ、たき火の中へ放る。小枝は瞬く間に炎に焼かれて、火に活力を与えて役目を終えた。
「でも、平和なのかもしれないわね。仲間と一緒に海に出て、魚を釣って、食べて。たまにごろつきとはしゃぎ合って、ぶちのめして、日が沈むまで帰らないっていうのがアタシ達の暮らしだったから……」
「ふぅん。……ところどころ引っかかるものがあるけど、コメントは控えとくよ」
 ラヴィは目の前の火に息を吹きかけ、火の勢いを一時的に増やしてやり、ついでにばさりと小さな翼を羽ばたかせ、体を宙に浮かせる。
「んで、出発はいつ頃にするんだい? オイラは24時間いつでも遠慮なんていらないよ」
「そうねぇ……」
 ルーラシアは腕を組み少しだけ思考して答えた。
「とりあえず、コルトが起きてからがいいわね」
「だね」
 2人の視線は幸せそうに寝息を立てているコルトへと自然に向けられていた。


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